FC2ブログ
2019/11/04

心を開くとはどういうことか。心の開き方。

心を開くとは、
相手に飛び込んでいくこと。
わかりにくいねぇ。

相手に、自分を見せること。
うわべの挨拶じゃなく。
やっぱわかりにくいねぇ。

ある程度いろんな人と話ができるようになっても、
親しくなるのは難しい。
心の開き方がわからないから。

いまだからわかる、

そもそも、心を開こうにも、
心がそこにないんだもん。

ひらく心がない!

半分どっかいつてるか、
家に置いてきてる。

その半分を呼び戻すには、
本気で話を聞くこと、
本気で相づちを打つこと。

ほらね、またここにもどった。

本気の相づちをうってる自分はホントの自分なんだ、今だからわかる。
自分の中の、確かに自分が相づちをうってる。

自分の心、意識、意思が、ちゃんと自分の胸ん中にいる。

ここではじめて、心が開ける。
だって開く心があるんだもん。

あー、誰に言ってもこの感覚わからないよねーー。

2019/11/03

反射的に相づちを打つ方法。生き生きとした相づちやリアクション スムーズな会話の第一歩は相づち

普通の人には「相づちが打てないってどーゆーこと???」ってなると思う。

うてないんですよ。ほんとに。タイミングよく、反射的に、適切な大きさの動きの相づちが打てないんです。おかしいでしょ。

私の経験からすると、

「相づちが打てるようになる」と、
「話が聞けるようになる」は、
同時進行で成長したと思います。

相づちが、打てるようになったから話が聞けるようになった。
話が聞けるようになったから相づちが、打てるようになった。
これ同時成長です。

で、話が聞けるようになると、会話のラリーが2回、3回、4回と、だんだん続けられるようになます。

続けられないときは、3ラリー目ぐらいから混乱してしまって逃げ出したい気持ち😩
愛想笑いしてふわーっと離れるしかない😅
そんぐらい話が聞けなかったです😅


ただ、
生き生きとした相づちは、やっぱ最初は恥ずかしかったですね。
相づち自体が恥ずかしいのではなく、この大きさの反応で本当に合ってるかな?と思っちゃう。そう思うと、生き生きとした本気の相づちはなかなかね😅

でも、上に書いた同時成長で、相づちはだんだん上手になります。
自信もついてきます。

あとは、普通の人がやってるような、生き生きとした相づち。

これ、今はできるようになりました!!
生き生きした本気の相づち✨✨

どんなに憧れていたか😭✨✨✨

「うっそーー❗❗😆😆❗」
「いやー!!!🤣🤣🤣なにそれー!!!😆🤣😆❗」みたいな✨

文字じゃ難しい😄

どうやって訓練したかといいますと、

まず、

気づいたのが、

生き生きとした相づち、

意外と、

意 外 と 、


家でやってないんです。

家族の話に、

「うっそーー❗❗😆😆❗」
「いやー!!!🤣🤣🤣なにそれー!!!😆🤣😆❗」

みたいな生き生きした反応、

出来てない。


家で出来てない!!!!

家でそんな大げさな反応しなくても家族は分かってくれるので、やってない。
やったことがない!!!

ということに気づきました!!!


で、家族の話に対し、大げさに反応する練習しました。

家で出来なきゃ外でもできない!!!


家でできることの半分しか外では発揮できないとするならば、


それまでの反応は、



に近いではないか!!!!


これに気づけたのは大きかったです。


気づいてからは、

話聞く、相づちうつ、会話のラリー、

これ、同時進行で成長していきました。

話が聞けるようになると、3人以上での会話もできるようになるんですよ✨

これ、普通の人にはホントどういうことかわからないと思う。


生き生きした会話のラリーがある程度できるようになると、次の悩みが出てきます。それは、


どうすれば親しくなれるんだ?ということ。
相手に飛び込むのは難しい………
2019/11/03

今の自分を見てもらえる 今の自分しか見てもらえない

今から知り合いになる人は、
今の私しかしらない。
いまの、社交的な、いつも笑顔な、誰とでも喋れる、だれとでもすぐ仲良くなれる私しか知らない。

だから、友達の作り方がわからないとか、なんですぐ仲良くなれるの?とかに、「わかるよ」と言っても、口先だけとしか思われない。嘘としか思われない。

今の自分しか見てもらえない。
2019/11/03

同窓会に行った話

30代のとき中学の同窓会へ行った。
無理をしているのでかなり疲れた。
人嫌いなので行かないほうが身のためなのは分かっていたけど、なぜ行かないのかな?と夫に思われたくなかったので行った。
案の定、早く帰りたいと思うばかり。
当時仲がよかった子たちのところへも行けなかった。
誰とも目も合わせられない。来るんじゃなかった。時間が経つのを待つだけ。
私ってこんなだったんだと改めて気づいた。
今は社交的になれたから、そんな私がいたことは誰も信じない。
夫も家族も知らない。
あのツラい自分は存在していなかったと同じ。
さらにツラい。