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2013/05/14

体罰を暴力と呼ぶ。暴力を体罰と呼ぶ。

実をいうと、

体罰に賛成する私もいる。(もちろん程度は考えてほしい)
体罰に反対する私もいる。

「体罰がまったくなくなったら、日本はダメになるんじゃないか?」とも考える。

意味のある、
だれもが納得する理由がある、
その人の先々を思っている、
だれもが納得する程度の苦や痛の罰

である体罰を「体罰」という。

体罰を受ける側が、上の条件のひとつでも理解、納得していないと
「体罰を与えられた」ではなく「暴力を受けた」ということになる。


なにやら難しいなぁ。


逆に、体罰を与える側が、上の条件を満たしていると思い込んでいれば、
傍から見れば暴力っぽいことでも「体罰」と呼ぶ。

体罰を与えたいときは、
双方が条件に納得しあい、

調印式を済ませてから体罰の儀式を行う。

えええーーーー!!!


んなあほな。



体罰には賛成する要素もあるが、
暴言に関しては賛成する要素はない。

それだけ、ひどい言葉というのは心に傷を負う。
形がないのに傷を負う。
形がないから、その傷の大小にかかわらず、一人で背負わなければならない。一生。

人間は感情の性能が良すぎて生きていくのが大変だね~。

「食うか食われるか」の心配がないぶん、そっちが難しくなっちゃったのか。

最近ぼんやり考えていたことを言葉にして書いてみました。

指導者は「暴力」と呼ばれないような「体罰」を与えなければならないという難しさと、「指導者による体罰については、肯定する部分もあるが、指導者による暴言については賛成する要素はひとつもない。許さない。」と自分は考えている、
という、二つのことが解りました。

あー整理が出来てすっきりした。

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